そしてブルーズへの回帰

「まだロックが好き」のつづき

すごい歌詞とは

 すごい歌詞というのは、やはり、ふいに口を衝いて出るものなんだとおもう。そう考えると、日常に潜む抽象性や観念的な事象をば、具体性をもって表現している歌詞がすごいんじゃないかな、なんておもったりして、だからまぁなにが言いたいのかというと、昨日からちょっと寒くて、半袖じゃちょっと寒くなってきたな、なんてフレーズがぽろっと唇から漏れたのである。

 

 いわずとしれたゴーイングアンダーグラウンドの佳曲「トワイライト」の一節である。この時期になると「半袖じゃちょっと寒くなってきたな」って言いたくなる。言いたくなるというか歌いたくなる。

 

 だが、殷賑とした往来で三十二歳にもなるおっさんがひとり忽然と歌いだした場合、世間様から白眼視され、さいあくの結末としては検非違使なんかに捕縛され、精神病棟に連行後、ロボトミー手術なんかを施されかねない。拙者、じつは「カッコーの巣の上で」というムービーを拝見したことがあるのでロボトミーの危険性はうすうす勘付いているのである。

 

 そういうことでお口にチャック。なみなみならぬ忍耐で帰路についておったところ、あぁもうこんな時期なんですね、ってか気が早くないですか、ってなものであるけれど、オレンジ色したカボチャに角ばった目と口をペイントしたハロウィン仕様のバルーンが洋菓子店のまえでふらふらと風にゆられていたのである。

 

 かぼちゃのお化け。これはアンディモリというバンドが歌う「グロリアス軽トラ」の一節である。すでに口のなかは、「半袖じゃちょっと寒くなってきたな」という歌でいっぱいになっているところにつけて、「そしてかぼちゃの、おば、け」という追い込みをかけられてしまったのである。口のなかは歌で渋滞しているというのに。

 

 ゴッドタンというテレビジョンの番組で、マジ歌選手権というのを観たことがある。それは芸人が作詞作曲したマジ歌を、牛乳を口に含み観賞し、噴出さないようにする、というとてもおもしろい企画物であるが、笑いを我慢している唇にはうっすらと白い物が浮かんでいるのである。

 

 そういった感じ。今おれの唇は。口腔内は歌で充溢している。いまにも叫びだしそうなくらいパンパンに頬が膨れ上がっている。さいきんシャインマスカットといううまい葡萄を食らったのだが、その果実は果肉によって表皮をぱつんぱつんに膨らませて光沢を放っていた。そういう風采である。

 

 体内からこみ上げてくるこのすばらしい歌詞たち。とても素敵だとおもう。だが、いい歳こいたおっさんが道端で矢庭に歌い出すなんてちょっと考えられない。秋めいた夜空、雑沓のなかに溶けてゆく歌声は、きっと誰にも届かないだろうが、それは確実におれを狂人たらしめてしまう。

 

 あかんよね。それにしても秋だなぁ。マジで真夏のピークは去ったなぁ。夏の終わりだなぁ。というフレーズがダブルで浮かんできてもう駄目です。さよならベイビー。