そしてブルーズへの回帰

「まだロックが好き」のつづき

おれにそれはできねぇよ

 レビュー記事みたいなものを書かなくてはいけなくて、というのは企業から商品をいただいたため、なのだけど、まったくもってすすんでいない。商品はとても好いものだった。

 なぜすすまないのか。というと、まぁめんどくさい。あと、こっちが本音なのだが、レビュー記事的なフォーマットに従った書き方が、おれにはできない、ということに気がついた。

 小学校のころに、リコーダーという管楽器の授業があったのだが、おれはこれができなかった。音楽の才気が充溢しておったのに。って、うっそー。

 まぁ、ほんとうは、なんでみんなで同じことをしないといけないのか、という疑問が翳のようにつきまとったからだ。なんとなくアイフォンでドローン操作、俯瞰で教室を見下し、みんなで縦笛吹いてて馬鹿みたいだな、とおもっていた。小学校からクズですね。母子家庭と貧乏が悪い。

 それと同じように、レビュー系の記事というのは、なんとなくフォーマットがあって、それはきっと視認性が高い構造なのだろうけど、導入があって、目次があって、まとめがあって、みたいなものをみんなが同じように書いている。

 かつて2ちゃんねるに「この掲示板には実は、おれとおまえとひろゆきの三人しかいない」みたいなことが書いてあった。それと同様のことをおもう。みんな誰か同一人物、あるいは人工知能が書いてるんじゃねぇか、と思うような、工場生産された血の気のかよっていない機械的な記事がおびただしいほどに横溢している。

 こういったものをみると、「ケッ、やってらんねぇよ」とおもうのがぼくちゃん。かといって作文などは「みんなが書いているように」書かないと、異端児だとおもわれ、世界から排斥される、村八分という恐怖心があったので、かなりフォーマットには忠実に生きてきた。首鼠両端を持し、結句、虻蜂取らず。

 だから、うわー、どうやって書こうかしら。と懊悩して、ちょっといま死にたくなっている。自分らしく書くべきか。とおもうが、そもそもおれに自分らしさなどあるのか。それを自分らしさだと思っているのは、ずいぶんと倨傲じゃね? つって、あー、もー、めんどくさいことこのうえない。

 「みなさん、イヤホンってどうしてますか? やはり音楽はいい音で聴きたいものですよね。そんなときに…」あ、あ、あ、あ、あ、もう、笑ってくれ。