そしてブルーズへの回帰

「まだロックが好き」のつづき

話しのなげぇ皮膚科。乾燥しちまうぜ。心が。

 サムライジャパン、という単語に「サムライなんだからジャパンが当たり前やろ」とおもうのだが、つまりこれは「カウボーイアメリカ」とか「ピロシキロシア」とか「フラダンスハワイ」とか「電動エレキギター」とか「ラウドロック」とか「緊急レスキュー」みたいな漢字に、ってゆうか感じにぃ? 意味がちょうふくしてるよなぁ、なんておもう。そのなかで最近おもったのが「最愛の妻」というフレーズである。

 妻なんだから最愛だろ。とおもう。もちろん俺だってそうだ。妻を愛している。なんだよ最愛の妻って。みんなもしかして妾もってるん? わお。潤沢な経済力だ。べつにいいんじゃん? 愛を持っているひとがたくさん愛をばらまけば。そうおもうよ。カネがあればいいーーー、って歌あったなぁ。

 だけど告白します。私にも他に好きなひとができてしまいました。世の不義密通にさばきをくだすことなど僕にはできません。もちろん最愛は妻でございます。でもほかにも、この俺の蟠る愛を放出したいひとが出来てしまいました。つって息子なんだけれども。

 土曜。皮膚科に行った。息子の脇腹にぶつぶつのものが発生したのだった。アトピーではないけれども、乾燥肌だけれども、ほうっておくとアトピーのようになるよ、ということをくだくだと申していた。俺のブログのようだな、とおもった。待合部屋の読本のラインナップがさいあくだった。

 その午後。インフルエンザのワクチンを打った。息子が。ワクチンは足りぬらしい。政府は老人にインフルエンザワクチンをおすすめしているようだ。え。子どもに振り分けてやれよ。とおもった。「いったいいくつまで生きるつもりじゃ」と冗談まじりに語った政治家がいらっしゃるが、叩かれたようだ。でも、俺もそうおもうよ。

 夜半。俺は中途半端に寝むったので、ってこの「寝むる」って表記かっこいいよな。入眠にさいして眠る、という単語はなんだか、こう、サルバディーパンツ、若しくはおやすみマンを穿いているような安心感が演出されて、その心の安息みたいな感じ、落ち着き、が醸し出されるけれども「寝むる」。はっはー。これにはまいった。人体のシステムとして休止しました。酒を飲んでしまつて疲れなどいっさいとれませぬ。みたいな、とりあえず目をつむって刻がながれた、という、味気のなさ、みたいなものが「寝むる」というこの歌詞に表現されているような気がしてならない。ってもしかしたら誤字かもしれないけれども。日本語の語感。

 で、夜半。ウイスキーを半壜ほど飲んでしまったので昏倒し、覚醒したのが宇宙が日本の子午線を越える間際だった。そいで眠れなくなったのでドキュメンタリーのあたらしく出てきたやつを最愛の妻と観た。おもしろかった。ながくなった日記。さふいうこって、さよならグッバイ。