そしてブルーズへの回帰

「まだロックが好き」のつづき

桃源郷にくらしたいなぁ。

 

 ぼかぁね、こうしていきてるだけで、しあわせなんだぁ。

 はは。そんなこと言ってみたい。しかし、所詮この世は寸善尺魔。生きることはじごくですよ。どうです? みなさん、しあわせですか? 大見得きって「ぼかぁ、しあわせだなぁ」なんて言える人がいないこんな国は、嗚呼もうだめかもしれない! エストニアに行かなくちゃ!!

 しかし、希望をすてたらおしまいだよ。きっと世の中には桃源郷ってものがあるはずなんだ。それはどこかにあるはずなんだ。暗いトンネルを抜けると、そこは小鳥のさえずりだけが響く、淡い色の世界だった。

 あまい果実味をふくんだにおいが満ちている。胸いっぱいに息をすいこむだけで、脳みそに充足感があふれ、ふわふわした気持ちになってしまう。桃色の空気。頬をなでるのは春の風。瑞々しい芝生にいっぽんのあぜ道。その先には白亜色の宮殿。空は晴れていて、虹色がかった淡色の天球には大小いくつも惑星の陰翳がうっすらと浮かんでいる。瑰麗たる風光絶佳。

 宮殿にて。女たちは嫣然とわらって迎えてくれる。どれも明眸皓歯。窈窕たる淑女だった。羽衣をまとった彼女たちが漏らす吐息にさえ甘露の響きがあった。

 奥にすすめば、シルクのようなさらさらのつめたいような、あたたかいようなソファにうながされ、着席する。まるで俺の人体を精緻に調査した結果デザインされたようなソファで、まるで座っていないほうが不自然なくらいのフィット感だ。

 配膳された目もあやなる炊金饌玉。海の珍味に山の佳肴。香ばしさが湯気をたてて踊っている。食前方丈。金色の酒。滋味である。

 そんなところで飲んで食っておどりたい。毎日がパーティー。狂ったように酔いしれて、この世の憂いをすべて投げ出したい。気持ち好いなぁ。生きているだけで仕合せだなぁなんて、利己的な快楽に惑溺したとき、でもそれってほんとうに仕合せなのだろうか、という疑問が、いま現実に生きているからこそ、湧く。

 おそらく、この桃源郷にいたら気がつかないだろう。人間とはそういった「自分さえよければそれでいい」みたいな、そんな感じで生きている。まったく俗臭がぷんぷんだぜ。

 そんなことから俺は解脱した。俺には家族がいる。妻と子という愛すべき係累がいる。それだけで好いじゃあないか。まいにち仕事がいやだなぁとおもっても、幾たびさげたくない頭をさげても、この身と矜持を切り売りして、ようやく家族の恒久和平がもたらされている。それって立派じゃない?

 たまに「やりたくないことばっかやって生きていくなんて、ばかじゃなーい?」と語尾上げ気味におっしゃるかたがおられるが、こうして物質社会の檻のなかで、おれは自分の価値をみつけているんだ。きっと俺は世界中のひとびとをしあわせにできないし、自分自身をしあわせにすることもできないだろう。でも、俺が生きているということでしあわせにできる可能性がある人間がふたりもいる、という事実だけあればそれで好いのではないだろうか。はは、かっこいいこと言っちゃったぜ。でもできればマッサージくらいは行きたい。

今週のお題「行ってみたい場所」