そしてブルーズへの回帰

「まだロックが好き」のつづき

社会適応ですよね、やっぱ

 なんともまぁラッキーなことに、表彰されることがおおい人生だった。とくに小学生の時分などは、絵画やねんど細工を作成すれば、もう百発百中! ってなほどに県コンクールに選出された。もしかしたら裏で県にふといコネクションがあったのかもしれない。

 いま急に思い出したのだが、とんでもない賞までとって県庁に召還され、賞状授与のみならず、観音開きになる画材のセットもいただいたことがあった。なんだったんだ、あれは。夢か。

 そういうコンクールにえらばれると、賞状のみならず色鉛筆やコンテなどもちょうだいできる。そのコンテが毎回毎回おなじもので、しかもコンテなんてつかわないじゃないっすか。季節ごとにコンテが重なっていった。

 おれの筆使いは、どうやら大人基準の正鵠を射ていたらしい。書道もよく賞状をもらっていた。教室にかざられるおれの字には、金色の勲章がよくくっつけられており、アンダーグラウンドの競売では最高二億までのぼったそうだ。

 しかし、そういう賞状や絵を、おれの母はほめなかったし、家に飾るなどしなかった。「絵描きになる!」とか言われたら困る、とおもったそうだ。かわいそうなおれ。でももっとかわいそうなのは母で、おれは絵描きにはならなかったがバンドマンになった。教育方針をまちがえましたね。

 外でげんきいっぱいに遊びまわるより、教室で絵を描いているほうが好きな男子だった。しかし、おれはゲームのほうが好きだった。しかもゲームくそうまかった。

 だけどゲームがどんなにうまくても、ルイージサーキットで最速タイムを出しても、だれもほめてくれなかった。だれも賞状をくれない。友人には攻略法などでヒーローだったが。

 やはり、世の中、社会に適応する形而下なものをえらんでいかねばならない。でなければ認められない。おれが不承不承にえがいていたのは、大人好みの絵ではなく、大人になるための未来予想図だったのかもしれない。って、なんてかっこいい科白なんだ!!

 ちなみに、全国学力テストなんかでも県内でやたらよい成績をだしたことがある。おれはじつは頭がいい。IQが五億ある。母には誉めそやされたが、だれも賞状を呉れなかったので勉学は無駄だと判断し、おれは馬鹿になった。

今週のお題「表彰状」